ライターが自由に書く日記のようなものであり、非常にメモランダムなコンテンツです。

2012年

11月

08日

新人類

かつて『新人類』という言葉が流行語となった年があった。

新人類とは中年の世代が若者へ向けた一種の揶揄であったのだろう。

いわゆる『最近の若者は....』というのは国風文化栄えた鎌倉時代からつづく一種の文句のようなものである。

 

 ー現代を生きる私たちにとって新人類とはおそらく『ぼっち』のことであろう。

皮肉にも、同じ世代の中でけなしあうという悲しい現実はあるのだが。

おおくの人はぼっちをけなし卑下する。しかし、本当にグローバル化に進んだ世界で必要なものは、たとえ1人でも世界へ飛び出していくことへのためらいを持たないことではないだろうか。

 

そういった点ではぼっちは、グローバル化が生んだ一種の新たな才能では無いだろうか。

2012年

10月

09日

寝坊について

寝坊は仕方ないと思うんですよ。

寝坊って遅刻とか欠席の理由において相当ダサくて許されない部類に入れられちゃってる気がしますけど、許してあげてもいいじゃないか、と思うんですよ。

 

たとえば逆に、「風邪をひいて高熱が出た」とか「階段からこけて足を骨折」っていう理由で大事な約束に遅刻しちゃったり行けなかった人がいるとしますよね。

こういう理由の場合は大半の人って「寝坊」に対してよりはわりと寛容なんですよ。でも違う。

「風邪をひいて高熱が出」ても、「階段からこけて足を骨折」したとしても、その約束の場所に行こうと思えば行けるんですよ。

もし僕がその日、必ず行かなくちゃならない場所があったとしたら、高熱が出ようが、足を骨折しようが、地を這ってでも行きますよ。タクシーも使いますよ。

でも、いいですか。寝てたら行けないんですよ。どれだけその場に行かなくては、という強い思いがあったとしても、寝てたら行けないんですよ。ここが圧倒的に他の理由の場合とは違う。本人の誠実さが反映されないんですよ。寝坊は。

 

こんなこというと、「じゃあ目覚まし時計を何個もセットしておいたりすればいいじゃないか」とかいう人もいるんですよ。えぇ。もちろん試しましたよ。目覚まし時計数個と、携帯電話の機能で、合計二ケタ回に及ぶアラームが鳴るようにセット、なんてのはもう序盤に試しましたよ。でもね、それだけセットして目を覚ましたら、起きなきゃいけない時刻の1時間後とかで、無論アラームは全て止まってる。その時の絶望感は分かりますか。

もう、どうしようもないんですよ、寝坊は。僕らは寝坊に対して悲しいくらいに、無力なんですよ。

 

だから「遅刻・欠席の理由として寝坊は許されない」ってのは違うと思うんですよね。

 

まぁ、ダサいのは間違いありませんけどね!!!

2012年

9月

27日

人生を80年とすると

「人生を80年とすると、睡眠に27年、食事に10年、トイレに5年分時間を消費している。だから人生は実質38年。人生は実は短い!」

とかいう言葉を見かけたんですよ。

もうちゃんちゃらおかしいですよね。

人生は実質38年??何を言ってるんですか。言っときますけどその「38年」と、僕らが普段生活する上でイメージする「38年」って全く別のものですからね。

たとえば僕らが「1年」と聞いてイメージするときにはどうしてもその中に365日毎日の睡眠、食事、トイレの行為も含んじゃいますよ。

睡眠、食事、トイレの行為を全く省いて、それ以外の行為をぶっ通しでやり続ける「1年」なんて僕らには決してイメージできません。

 

睡眠、食事、トイレの行為を全く省いた「1年」は、普段僕らがイメージする「年」で言うと、「約2.1年」です。よって、睡眠、食事、トイレの時間を除いた38年は、僕らのイメージしやすいように換算すると、38×2.1で、約80年です。

 

つまり、人生を80年とすると、人生は実質80年です。間違えないでください。

2012年

9月

25日

水に弱い

あなたは今、無人島に漂着してしまいました。

あなたの所持品は、漂流する前に身に着けていたポーチと、その中に入っていた小説、ペン、マッチ、音楽プレーヤー、携帯電話だけです。

小説はふやけていて読めません。

ペンは先が湿って書けません。

マッチはしけっていて火が付きません。

音楽プレーヤーは濡れたために使えません。

携帯電話は防水ではなかったので壊れてしまいました。

 


あーあ・・・

 

 

2012年

9月

20日

名刺代わり

つい先日、新しい取引先の方と初めてお会いした。その時にご多分に漏れず名刺交換をしたのだが、その若い男性は私に、例の長方形の白い紙ではなく、大根を手渡してきたのだ。

こんなこと今まで一度もなかったぞ・・・。こっちが五十手前のオヤジだからって馬鹿にしてるのか・・・?と思ったのもつかの間。その青年は少しはにかんだ笑顔で「それ、僕が育てたんです」と言うじゃないか。「名刺代わりってやつですかね」と彼は続ける。

大根を受け取り観察してみると、黒マジックで大きくその青年の名前が書いてあった。

「大丈夫、ちゃんと油性で書きましたんで!」と屈託のない笑顔で彼は言う。確かに、それなら名前が消えてしまう心配はないが、料理には使えないのではないか。

私が困ったような顔をしていると、彼は「さっき収穫してきたばっかりなんで、まだ地面に植えなおせば育ちますよ!」とアドバイスをしてくれた。助言通り、その大根は実家の庭に植えることにした。

 

翌週、立派な花が咲いた。

2012年

9月

15日

忍耐力

「僕は中学生のころから柔道を6年間続けてきました。そのおかげで最後まで諦めない忍耐力を養うことができました」

みたいなことを言う人がいますよね。

ちょっと待ってちょっと待って。待って。

忍耐力ってつけるものなの?忍耐力って最初っからある人には備わってて

ない人には基本ずっとない、そういうものなんじゃないの?

 

だって柔道をさ、6年間も続けられてる、ってもうその前提の時点で忍耐力あるよね。

忍耐力ない人は柔道なんてとっくにやめちゃうんだよ。柔道を続けたから忍耐力がついたんじゃなくて、

もともと忍耐力があったから柔道を続けられたんだよ。そういうことでしょ?

あと「なんでもそうやって途中で投げ出してばかりだと忍耐力がつかんぞ!」って説教する人もいるよね。

うん、いるの。それも一緒だよね。だって投げ出してる人は忍耐力がないから途中で投げ出してるんだもん。

だからそういうことを言っちゃう人にはね、かったーくなったごはんでも投げつけてやりましょう。

これでもか、これでもかっ!て。そんで言ってやりましょう。「我慢しなきゃ忍耐力がつかないぞ!」ってね。

 

そしたら警察に捕まるだろうから、留置場なり刑務所なりに入って禁固刑なり懲役なり食らいましょう。そこを出るころには多少は我慢強くなってるんじゃないですかね。知りませんけど。

2012年

9月

13日

芸能人で言えば・・・

好きな異性のタイプとか、付き合ってる人の話しとかをするときによく「芸能人で言うと誰?」ってなると思うんですけど、もういい加減やめにしませんか。それ。

まぁ確かに大勢の人が共通認識を持ってて顔のイメージを浮かべられる存在として芸能人を用いるのは分かりますよ。えぇ。でももうやめましょう。

 

まず第一に、芸能人自体の数は多いかもしれませんが、話す二人が互いに顔も名前も認識しててパッと引き出してこれる芸能人となるとその数もだいぶ限られてくるんですよ。意外とみんなあんまり芸能人を知らないんですよね。だから芸能人で喩えようとしてもなかなかピタッとくることってないと思うんですよ。

 

第二に、「芸能人で言うと○○」って言うのってなんか浅ましいじゃないですか。あまりにも俗世間的っていうか、ミーハーっぽいっていうか。普段は芸能人の話なんかしないのにこういうときだけ使うのも悔しいですよね。

 

あと最後、これがけっこう大事なんですけど、「芸能人の○○に似てる」って言っちゃうとなんだかその人のアイデンティティーがなくなる気がしません?芸能人は芸能人としてアイデンティティーを確立してるんだから、その確立したアイデンティティーの型に押し込めちゃうと、その型からはみ出した部分はそぎ落とされて、その型に満たない部分はスカスカのままで、その人をただ芸能人を卑小化しただけの存在に貶めちゃってる気がしません?そんなの嫌ですよね。

もうこれからはやめましょう。「君可愛いね、芸能人の××みたい」とか「お前の彼女芸能人の△□に似てるな」だとかも。今後一切やめにしましょう。いいですね。

 


とまぁやめようと言って代わりの案も出さないのもずるいので、新しく提案します。

これからは『芸能人』の代わりに、「『ポケモン』で言うと誰?」って聞くようにしましょう。うん。あ、でも金銀までです。僕がそれ以降はやってないんで。ほら、多すぎても面倒ですしね。

 

まだピンと来てない人も多いかもしれませんが、実はポケモンで喩えるとさっき挙げたデメリットはほぼ解消されるんですよ。

まず、ポケモンっていったらまぁ国民のほぼ全員はやってるでしょう。だから共通認識のイメージが、赤青まででも151種類ある。金銀まで含めたら251種類ですよ。これはほどよく多い。一方、話す二人が互いに顔も名前も知ってる芸能人の数なんてたかが知れてますよね。しかも芸能人(特に女性)は基本的に美形の人が多くて、一般人に適用できる数となるとグンと減りますし、どの人も根本的には顔のタイプが似通ってることが多いんですよ。それに比べてポケモンだと、いくぶん顔のタイプもバランスよく分散してますよね。

次に、「ポケモンで言うと○○」って言ってても全然浅ましさは感じられないですよね。むしろほんわかする。ミーハーな感じもないでしょう。

そして最後に、芸能人だと同じ人間であるためどうしても喩えたときに相手のアイデンティティーを損なっちゃいますが、ポケモンは人間とは別個の存在ですので、そんなことは起きません。むしろ一つの分かりやすくデフォルメされた具象を与えることでその人のアイデンティティーを助長することもあるでしょう。

 


はい、というわけでもうこれからは身の周りの人を『芸能人』で喩えるのはやめて、『ポケモン』で喩えるようにしましょう。

 

「君ってポケモンのスリーパーに似てるよね」とか「お前の彼女、ネイティに似てると思ってたけど、彼女の姉ちゃんネイティオそっくりじゃんか!」とか。

 

いいですね。

これでいきましょう。

 

 

ちなみに僕の好きな異性のタイプはポケモンで言うと『シャワーズ』ですね。あ、でも『オオタチ』もいいな~!いや、やっぱり『ハクリュー』も捨てがたい・・・

 

 


う~ん・・・

  

 

 

 

 


 

 

あー!ポケモン可愛いー!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイトお引越しいたしました!

モッケイエンタテイメントは、サイトを移転しました!

http://mokkei-entertainment.com/ 

 

これからは新しくなったモッケイエンタテイメントをお楽しみください。 

 

 

 

 

 

 

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